読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

あなたと私はここにいる~A-live connect卜沢彩子のブログ

A-llive connect卜沢の思うこと、伝えたいことなど書き綴ります

意識高いdisりに感じる違和感〜意識高くてもいいんじゃない?


ここ数年意識高い系が話題というか、痛い人たちネタとして定着してきたな、と思います。
私はまあ自分がおもいっきり意識高い系だからか、
なんだかね、すごく違和感を感じてモヤモヤしていたんですよ。

意識高いってそんなに悪いことかなって。

きっと何度も言及されてることだけど、いわゆる社会現象の分析ではなくこの言葉を使うときの意識に大して違和感を感じるなって話です。


いわゆる意識高い系のイメージは

自分が優秀だというアピールを欠かさないでひけらかす人、大したことをやっていないのにアピールだけして身が伴っていない人。
周囲を巻き込みたがる。
特にSNS、ビジコン、フリーペーパー、勉強会、カタカナ語などが大好き。
インターンしている
就活に積極的。
短期留学に行きたがる。
学生団体、ボランティアなどをやっている事が多い。
Appleが好き、スタバでMacでドヤ顔
などかなと思います。

良くないのは優秀に見せることにばかり気を取られて口ばかりで身が伴っていないこと、
自分は素晴らしいことをやっていると人を見下すこと、人に押し付けることなんでしょうね。

そう言われる典型である学生団体やってたりした自分にとってはまあ自分もそうかもしれないって思うことたくさんありました。
痛いかもしれないなって思うこともね、いっぱいありました。反省することもあります。
カタカナ語使ってたしね、特にAIESECのときとかね笑
興味ない人巻き込もうとしすぎたこともあったし、凄いことやってる気にもなってたかもね。

それに、うん、まぁちょっとどうかなって思う人もいたよ、大人に利用されるだけ利用されてたとこもあったりしたしね。
申し訳ないな、耳が痛いな恥ずかしいなって思ったりします。


よく、意識高いと意識高い系は違うといいます。
意識高い人は人に言わずちゃんと成果や結果を残している人だ、意識高い人は尊敬するけど意識高い系は馬鹿にしていい、という主張をよく聞きます。

ただ、最近この意識高いって言葉の定義が曖昧でごちゃまぜになり、意識高いと言う言葉だけでも真面目にやっている人をただ馬鹿にするニュアンスの言葉になってる気がして、
なんだかモヤっとするんです。

授業最前列で受けてるとか意識高い、とか。
たかがバイトのくせにそんな意識高くてどうするの、とか。

例えば前に
「本屋で働いている後輩が『本屋で働くと凄く勉強になりますね!』って言ってて意識高くて笑う、本屋でずっと働いてたけど別に何も勉強にならないし!」
というような話を聞いたことがあるんですが、
「あれ??それって悪いの?」
って思って。
「学ぼうとすれば何からでも学べるけれど興味を持ちやすい場所や響きやすい場所というのはあるし、
その後輩にとって、本屋は色々な気付きを得られる場所だったとしたら、笑うところじゃないんじゃないの?
むしろずっと働いててなにも学べなかったって堂々と言ってるあなたのほうが恥ずかしくないか??」
と思ってしまいました。

この言葉を使う心理になんだか真面目カッコ悪い、みたいな風潮を感じるんですよね。
真面目にやってたり、真面目なこと言うとすぐ、意識高いと笑う、馬鹿にする。
そういう場面を最近何度も見ます。


私はそもそも意識高いと意識高い系の違いも少し思うところがあって、
成功してる意識高い人も人も最初はみんな意識高い系なんじゃないかなって思うんですよ。

意識高い系だからって成功しないと限らないんじゃないかな。

派手に世界を変える!!みたいな成功してる人は少ないかもしれないですけど
むしろ今の時代でそんな成功の仕方してる人ってほとんどいないと思ってます。 
意識高い高くない関係なく。

昔思いっきり意識高い系だった人も着実に積み重ねて一定の成功している人は結構いる印象があります。

最初から身が伴っている人、実力が伴っている人って少ないんじゃないかなって
形から入ったっていいじゃないですか。
カッコつけたっていいじゃないですか。
何もしようとしない人より、ずっといいと思うの。
もちろん、人に押し付けたり、行動しない人は論外だと思うけど。
だれだって最初は痛いんじゃないかな。

そこからちゃんと学んで成果を残していけばいいと思うんです。

あとさ、意識高いとか言われる人って多分、それが楽しいだけですよって思うの。
飲み会より勉強会や討論会が楽しいとか。
それを勝手に気取ってる、得意げ、ひけらかしているって言ってるだけのこととか結構ある気がするんです。
別に見下したりとかしてないのに、勝手に見下してるとか言ってきたりする人って多くないですか?

たとえば、よくフリーベーバー作ってるのをお仕事ごっこと笑ってたりする人も
コミケでコピー本作るとき、進捗ダメです!とか原稿やらなきゃってTwitterでつぶやいたりしていて、
それで言えばあなたも作家ごっこになっちゃいますよって思う。
それ、好きでやってるわけですよね?
同じですよ、やりたいからやってるのって思うの。

やりたくて、自分が意味があると、学びたいと思うことをやっていることを誇ることも別に悪いことじゃないと思います。
もちろん加減は大事だけど。

私も高校、大学と学生団体とかやってて、それが何の意味があるのかちゃんと結果を残せたのかって言われると微妙です。
形ばっかりだったかもしれない。

自分で立ち上げた奴は倒れて結局できなかったことだらけだったし。主催イベントは1回、共催数回程度。
就活はそもそもできなかったし、いろいろやってはいるけどまだ行く先すらわからないです。
お仕事ごっこみたいな楽しさもあったかもしれませんね。
ミーティングとかしたり、企業にテレアポしたり、名刺交換したり。
それでも、そのとき真面目に真剣に考えて動いていたこと、その時会った人たち、物事に向き合う姿勢。
そういうものは確実に今に生きているのです。

それが私の青春だったのです。部活とか真面目にやるのと変わらないと思う。
たぶん、大学時代団体をやってたときから言ってたことと思っていることは変わりません。
「サークルでもバイトでも旅行でもなんでもいい、自分が充実していた!と思えることが大事」と。
私にとってそれが学生団体でした、それだけ。
それに今になるとね、自分が開いたイベントで出会った人が一緒に会社作ってることもあるし、
それがきっかけで変わったと言ってくれる人もいるんです。
少なからずそういう人がいるのなら無駄じゃなかったんじゃないかなと思います。

というか、意識高い系が話題になって学生団体がこんなに認知されていることにちょっとびっくりしました。
就活難や3.11後に安易にやるそれっぽいことの象徴、みたいな感じの印象になってきたんでしょうか。

確かに、もう意識高い系っていうのは時流に合わないのかもしれないなと思います。



でもそれよりも私は意識高いwwwwと笑って馬鹿にしている人のほうがすごく嫌いです。

きちんと批判するのは全然いいんですよ、むしろ面白いです、問題を具体化したり、なぜこういう風な変遷を辿ったのかと考えられる。
もちろんネタだってわかるしそこまで目くじら立てる気もないんですが、ただ、見下したり、馬鹿にしたりして、何もしないのに上になったつもりになる人って凄く気持ち悪い。
私はね、努力もしないで文句を言う人間が心底嫌いです。
意識高い、が馬鹿にしていい対象になったから、それを言って笑うことで頑張らない自分を、
人を見下す自分を肯定しているような気がして。
出る杭を打っているような気持ち悪さを感じるのです。

誇ることすらなくて人を叩いて安心している人よりは、意識高い系のほうがまだいいんじゃないって思ってたりします。

ただ、ちゃんと自分がやっているつもり、になっていないか、
何を目指して何をしているのか、視点が偏っていないか、問い直す姿勢を持てるように気をつけていければいいと思います。

それこそこんなに叩かれてるような時代にそれやってるのって凄いなとすら思えてくる。
たとえやり方が悪いとしてもそれだけやりたいのかなって。
そっちのほうがまだ全然応援できる気がする。

真面目に物事考えるの楽しいよ、セミナー楽しいよ、勉強するのって面白いよね、
自己啓発読んだっていいじゃない、恥ずかしくないよ。
真面目にやっている人、真面目だと言われることが好きな人が肩身の狭い世界になるのは私は嫌だな。
真面目でいいじゃない、意識高くていいじゃない。